きのうNHKでやっていたにっぽん夏紀行というドキュメンタリー番組が
素晴らしく良かったです。
高知県の柏島にかかる橋が舞台で、その島の子供たちはみんな
その橋から海へのジャンプができて一人前となるのだといいます。
橋から海までは6,7メートル。めちゃくちゃ怖いと思います。
6年生はみんな飛べるけど5年生はまだ飛べない子がいます。
なかでも人一倍飛ぶのが怖い子がいたのですが、またこの子がいい。
表情や仕草がなんだかとってもいいのです。
子供は単純だなんて思われてるかもしれませんが
本当はそんなことなくて、内心とても複雑なのです。
たぶん大人の百倍くらい複雑だと僕は思います。
飛んで一人前になりたいけど、どうしても怖い。
女子で飛べる子もいるのに飛べない自分が恥ずかしい。
けどそれを開きなおることもまた悔しい。だからちょっと強がってみる。
そんな風にぐちゃぐちゃに入り混じった感情が葛藤している
その子のなんともいえない表情を見ていると、
なかなかこんなにもいい表情にはお目にかかれるもんじゃあないぞうと
テレビの前でなんだか嬉しい気持ちになりました。
近ごろの子供は変わったなんて事をよく耳にしますが、
実際子供たちは今も昔も基本的に変わっていなくて、
変わったのは我々大人の方なのだと考えなくてはいけません。
きっと今の多くの大人たちが、子供が橋桁から海に飛び込むなんて
なんて危ない事をするのかと言うと思います。
子供は弱いのだから守ってあげなくてはと。
それもまたひとつの真理なのでしょうが、
最近はなんだかそれが過剰になってきている気がします。
たとえば子供が刃物で手を切らないように、火で火傷をしないように、
転んでケガをしないようにと大人が子供を心配するのは当然の事かもしれませんが、
子供には刃物で手を切ったり火傷したりすり傷を作ったりという経験が必要なのです。
こんな事を言うと誰かに怒られてしまうかもしれませんが、
やっぱりそうゆう経験をすることはとても大切な事なので、
その機会をむやみやたらに大人が奪ってはいけないと言いたいのです。
もちろんデタラメにケガすりゃいいんだなんて事はなくて、
大人は正しい刃物や火の取り扱い方など、
色んな知恵をきちんと子供に伝える事がとても大事です。
けれどその後はあるていどほったらかしにして子供に経験させるという事が
とっても大事だと思うのです。
この島の大人たちはみんな、子供が橋からジャンプする事を
あたたかく見守っておられました。自分はいくつの時に飛んだんだと
話している大人たちの顔もすごく素敵でありました。
そしてそうゆう環境にある子供たちは実に素晴らしい表情をしていました。
子供が経験するこの一瞬の出来事は大人の何年分の経験に値するのだろうとか
考えると途方もない気持ちになりました。
飛べなくてモジモジしてる時、よし飛ぶぞって決めた時、やぁと飛んだあと、
その時々でビックリするくらい子供の顔つきって変わるのだなあと
なんだかおおげさなくらい感動してしまいました。
僕の尊敬する白髭のおじいさんがとある本でこのような事を言っておられました。
よく子供の未来を考えろなんて言うが、子供の未来とはつまりはただの大人である。
子供の未来を考えるよりも、子供の「いま」を考えろ。
この言葉がとても心に響きました。
子供時代は大人になるためにあるのではなくて、
子供のためにその瞬間のためにあるのだという事です。
親の都合や変な見栄でその子供の瞬間を歪めてはいけないのだという事です。
今日僕が子供について話したり考えたりした事はこの本から学んだ事がほとんどです。
常々ひとりモンモンと考えてきたことがこの人の本ではちゃんと言葉になっていて
僕はじつに救われた気持ちになりました。
そしてこの番組を見ていると、そうそう、やっぱこうでなくちゃと思う瞬間が
たくさんあって僕はやたらと嬉しくなりました。
子供がまっとうに子供時代を子供として生きるという事がどうゆう事なのかを
僕たち大人はもう一度ちゃんと見つめ直さないといけない気がしています。
あの橋に集まる子供たちの嬉しそうな顔も怖じ気づいた顔も年下を面倒みる子の顔も
みんなじつにいい顔をしていました。
僕はそんな表情を見つけると目がはなせなくなるのです。